This site hosted by Free.ProHosting.com
Google


最新の日記へ
↓より過去の日記へ
[Jul1-15| Jul16-31| Aug1-15| Aug16-31| Sep1-8| Sep9-17| Sep18-30| Oct1-31|2000]

Home

★この日記をマイ日記猿人に登録する★ 

11月13日(月)

昨日起きたのが2時半なだけあって、私はなかなか寝る事ができなかった。
エイジは夜中の3時半くらいに寝てしまったんだけど、私はそれから更に朝の5時半まで寝る事ができなかった。
今朝は朝の10時にレンタカー屋へ行く予定が入っていて、8時起きだと言うのに。
寝れない寝れないと言いつつ、エイジを1時間くらいごとに起こしていたので、彼にも迷惑かけた。

8時に無常にも目覚ましは鳴り、私は起床を余儀なくされた。そして10時に無事にレンタカー屋へ歩いて到着。
私達は、フリーアップグレードということで、コンパクトサイズの車をレンタルするつもりが、
フルサイズの大きな車を安い値段でゲットする事ができた(1日約5000円くらい)。

まずは倉庫屋に行って、荷物を入れる倉庫と、引越しトラックの予約。これは無事に終了。
その後は、持って来た日本円を銀行に貯金する事にした。
定期預金を勧められたので、レートを聞いてみると、半年間預けるという定期で、利子は1年間で、5.61%。
日本だと、1%もないくらいなんじゃないかな?この計算だと、300万預けると、1年で利子が16万強付く計算になる。

おおお。これは素晴らしい。倉庫代が浮くどころか、私がティファニーに会いに行く旅費だって、利子で行けるではないか。
勿論私達は300万も持って来なかったんだけど、非常に後悔した。
半年で満期になるから、半年ごとにエイジのボーナスをドンドコこの定期預金口座に注ぎ込もう。
・・・と、私は頭の中で金の亡者と化していた。エイジとももっと持ってくればよかったね、と悔やんだ。
ちなみに私達が今日いくら貯金したかは、内緒☆

それから、私達は今回の旅行のメインイベントの1つである、指輪を購入したのだ!!!
大体、帰国前にもお店を回って、欲しいのは決めていたから迷わなかったんだけど。
しかも、お店のお姉さんと色々しゃべって、たくさんまけてもらった。
婚約指輪と結婚指輪ってやつなのかな?日本風に言うと。
エイジの結婚指輪も購入して、早速今日から着用してもらった。会社にも着けて行くらしい。嬉しい。

「婚姻届を出しても全然結婚した実感なんて沸かなかったのに、こうやって結婚指輪を着けると、
結婚したんだなあ、って実感が沸いてきたよ」とエイジは帰りの車の中で言った。
うん。私もそう思う。大切にするね。本当にどうもありがとう。
数ヶ月前はアトピーのせいでボロボロだった私の手も、薬のおかげで今はキレイに治ったので、
指輪を堂々と着けれる指になったよ。良かった良かった。

それにしても指の肉、もっと落ちないかな・・・(泣笑)太短いんだよな。嗚呼、すらりとした細長い指に憧れる。
宝石屋のお姉さん曰く、「アナタの手はちっちゃいから、ダイアモンドがより大きく見えるから、ラッキーよ!」
なんて言ってたけど、物は言い様ってのは正にこの事だな。

(余談)
ちなみにこの宝石屋のお姉ちゃん、色々話が合ったからか、「日本に帰ってもメールちょうだい」なんて言ってメルアドを教えてきたけど、
これは単なる営業なのか?だろうな。ホットメールアドレスだったからな(ぼそ)
あ、でもアメリカの住所を書いた時に、「ここにサンキューレターを書いたら、日本まで転送される?」と聞いていたから、
何気に本気だったのかも・・・。

☆空メールや一言メール送ってね☆


 

 11月12日(日)

寝たのは10時半だったと言うのに、数回目が覚めたものの、ベッドから起きたのは、
な、な、な、なんと、午後2時半だった。(2人とも)
ストレートにという訳ではないが、14時間も寝た事になる。すげー。最長記録?
今日からレンタカーをして色々出かけたりする予定だったのに、全てはパーになったので、
私達は部屋の中でぐうたらし続け、近所のスーパーに買い物に行っただけに終わった。
嗚呼、1日を無駄にしてしまった。

エイジはエイジでデスクトップにLinuxをインストールしようと夢中だし、私はこうやって日記を書いている。
それにしても、9月にエイジが帰国してから私がここに11日ほど1人で寂しく暮らしていたこのアパートに、
また2人で戻って来る事になったとはね。しかも今度は夫婦として・・・。
なんか感慨深いような気がするのは私だけなんだろうか。

だってあの時はまた1月にここに戻ってきて再来年の9月まで別々に暮らすつもりだったからね・・・。
思えばあの11日間の寂しさのおかげ(?)で、私はエイジと一緒に日本に2年間住む決心をしたようなもんだ。
11日でもあんなに寂しくて、時差のせいできっと実際の距離以上に離れていたような感覚がした。
電話1本かけるのに、時差を計算する日々。そして不安に押しつぶされそうになる。
いつか慣れる事なのかもしれないけど、別居しなきゃいけない理由がこれと言ってない私達に、
その必要性があるのだろうか、と思った。

そして今はここに夫婦として来ている。
昨日アメリカの入国審査を受けている時にエイジが先に行ったのだが、審査官が私の事を知り合いか?と尋ね、
エイジが、「She's my wife」と答えたから、2人で審査を一緒に受けた。
ワイフ」という言葉が彼の口から飛び出して来た時に、私は恥ずかしくて顔から火が出そうだったが・・・。
私のパスポートは当然まだ旧姓のままだったので、審査官に指摘されるかな?とも思ったが、
さすが、夫婦別姓がめずらしくない国だけあって、何も指摘されなかった。

夫婦ってなんなんだろうね?
「他人」として、1年ちょっと同棲していた。そして今は「家族」になった。紙切れ1枚で。
毎日の生活になんら変化はない。何が変わりましたか?と言われたらきっと今は答えられないと思う。
籍を入れて初めて同居を始める夫婦と違って、私達は前から一緒に住んでいたから。

エイジが、「やっと法律的にも俺のモノになった。嬉しい」と言った。
私だって、嬉しい。だってエイジに出会わなかったら、私はきっとボストンのどこかで孤独に餓死していたと思うから。
それくらい私はひどい状況にあった。いろんな意味でどん底の私を救ってくれた。エイジは正に救世主である。

でも、エイジの言葉も引っかからない所がない訳でもない。
だって、男の人って「ハンター精神」なんでしょ?
釣った魚には餌を・・・とかさ、獲物を1つゲットしたらまたハンター精神が・・・なんて事はないよね?
まさか、エイジさんに限ってそんな事はないですよね?

頭の中では分かっていても、ついついいらぬ心配をしてしまうのも、これまたオンナゴコロなのである。

 

11月11日(土)

今日からアメリカ。
先週の今頃は関西の3都物語を満喫していたのに、と思うとちょっと不思議だけど。
祭日でもないのに、成田はいつものごとく混雑していた。
オレゴンでのアパートでの日々は、電話ももうキャンセルしてあるからネットもできないし、テレビもないし、
夜は特に果てしなく暇な日々になると思ったので、成田空港で雑誌や本を買いあさった。
そこで、「主婦王」というマンガ雑誌を見つけた。勿論主婦が主人公のマンガの物語ばっかりだ。
「結婚・出産・離婚etc・・・。女の人生てんこもり!!」という、サブタイトル付き。
マンガなんてきっと中学の頃「別冊マーガレット(略して別マ)」を読んでいた以来なんだけど、
この主婦王というタイトルにハマり、私は購入する事にした。
エイジが「何買ったの?しゅ、しゅ、主婦王?!」とびっくり仰天していたが、私は無視した。
ちなみに、この主婦王、オール傑作読み切り569Pで定価590円である。

飛行機はちなみに一番旅費が安かったエアカナダだった。
機内は「これでやってけるんかい?」ていうくらいの空き状態だった。
私達は中央の座席だったんだけど、隣りに人もいなかったので、1人席を2つ使い、ビジネス以上のくつろぎ状態だった。
そうこうしている間に、あっという間に成田からたった8時間でバンクーバー空港に到着した。
バンクーバーでの乗り換えが、最悪にも6時間あった私達・・・。
だからバンクーバーの空港からダウンタウンに出て、少し遊んでから時間になったらまた空港に戻って来るつもりだった。
その日、私達の飛行機は幸運にも(?)予定より50分もバンクーバーに着くという事で、待ち時間が更に延びた(泣)
私達は飛行機から降りると、すぐに「カナダ国内に行く人」と「最終目的地がアメリカの人」に分けられ、
入国審査は、カナダには乗り換えでしか滞在しないということで、カナダの入国審査をバイパスして、
アメリカの入国審査のみをカナダで受けた。

しかしこの入国審査を受けて出た所からはどう見ても出口がないのだ。つまり外には出れない仕組みになっているのだ。
いやだ。こんな所で6時間も待つのは嫌だ。私達は外に出て観光したいのだ。
カナダの空港使用料の税金を払う所にいた女の人に聞いてみると、
今アメリカの入国審査を受けて出てきたんだから勝手には出れない。エアラインに聞いて出して貰う事になる、と言うのだ。
私達はゲートに行って、エアカナダの人に事情を話した。
すると、「うーん。でも、あなた達は最終目的がアメリカだと言う事で、カナダの入国審査を受けないで、
アメリカの入国審査のみを受けてここに来た訳だから、外に出ようとすると、カナダの入国審査を受けて、
それから、また戻って来る時に、再度アメリカの入国審査を受けるようになるわよ」と言うのだ。
つまり、できない事はないかもしれないけど、入国審査官に怪しく思われて、
下手したら詳しく事情を聞かれたり、トラブルになる可能性があると言うのだ。
そして、そのエアカナダの女の人は、「You might be giving YOURSELF a trouble」と言った。

うーん。確かにそうだ。これで入って来れなくなったり、色々事情を聞かれたりして、
私達の元々の便を乗り過ごすなんて事になったら、元も子もない。
私達はおとなしく空港に6時間いる事にした(泣)
まずはエイジとバーガーキングでバーガーを食べ、それからただっぴろいイスが並んでる所に移動して私達は順番に寝た。
まずはエイジが寝たんだけど、寝息がうるさくなってきたので起こした。そして今度は私が寝た。

エイジが何か呼びかけてるので、ふと目が覚めた。すると、エイジは、
「すげー。名前で呼んでも全然起きなかったのに、”主婦王!”って呼んだら一発で起きたよ」と言ってた。くそ。
そして私は主婦王を読みあさった。横からエイジもチラチラ見てくるので、
「なんだかんだ言って自分だって読みたいんじゃん。いいよ、読んで。」と、言うと、「いや、いらない」と言った。
絶対おもしろいのになあ>主婦王。次号は2月発売らしい。絶対買ってやる。

そうこうしているうちに、そろそろやっとうちらの便が出る時間になったので、ゲートに移動した。
ゲート前では、テレビが付いていたんだけど、テレビはCNNのニュースをしていて、大統領選挙の事ばかり流していた。
いよいよ、私達は長過ぎた待ち時間が終わり、機内に乗り込んだ。
バンクーバーからポートランドまでは約1時間だった。デルタなら成田から直行が出てるんだけど、
直行のデルタは高かったからな・・・。直行だったらとっくに着いてたのに。

ポートランド上空までやってくると、機長からのアナウンスが入ったのだが、なんとポートランドの気温は4度と言った。
私は寒い事を予測して、ダウンジャケットを着ていたのだけど(成田では散々エイジにバカにされながら)、
エイジのダウンはスーツケースに入ったままになってて、彼はトレーナー姿だった。
降りると、案の定めちゃくちゃ寒い。東京は19度くらいだったのに、この差はひどすぎる・・・。
案の定私は風邪を引いた。鼻水が止まらない。ダウンを着ていなかったエイジは平気だ。くそ。

空港からはタクシーに乗り、見慣れたアパートに戻ってきた。ふぅ。早速暖房を入れて、お風呂に入った。
なつかしい部屋に戻ってきた。エイジが9月9日以来アパートを出て、私が1人で寂しく暮らした部屋だ。
最初の数日は泣きながら過ごしたっけ。彼が日本からかけてくれる電話を待ちつつも、
離婚の最終手続きに終われ、ほとんど毎日領事館に通う日々で。
この静かなアパートで孤独感に潰れそうになってたんだっけ。

お風呂に入って体はあったまったはずなのに、私の鼻水は止まらなかった。
そしてまだまだ疲れていた私達は10時半にはベッドに入って、爆睡した。
私達の長い1日が終わった。

 

11月10日(金)

婚姻届を出してきました。
ついにというか、とうとうというか。
エイジは午前中休みを取って、一緒に市役所に行った。
私的には、彼が仕事を抜け出して1人で提出してきてくれても全然OKだったんだけど、
エイジが2人で出しに行こうよ、というから。私は別に彼が1人で提出してきたとしてもよかった、と言う事を、
知り合いに言うと、「冷めてるね」とか「2人で出さなきゃ」とか言われた。そうなのかな。冷めてるのかな?

市役所は9時くらいに開くだろうという事で、9時には行くつもりだったんだけど、
私達はいつものごとく寝坊。起きるとすでに9時過ぎだった。
エイジは午前中しか休みを取ってないという事で、急いで準備して市役所に向かった。
いつも行ってる出張所ではなくて、違う出張所に行ったので、ちょっと迷ってやな感じになったけど。

市役所の駐車場に車を止めた私達は、すぐに車の中から出る事もなく、
どちらからともなく、しばらくお互い黙って車の中にいた。私は車のシートを倒し、横になったりした。
待っていてもしょうがないので、どちらからともなく、「そろそろ行く?」と言ってやっと外に出た。

書類を確認して、提出した。
係員の人は、少し大きな声で、「オメデトウゴザイマス」と言ったので、少し恥ずかしかった。
書類を手渡すと、係りの人が、「これから審査いたしますので、しばらく座ってお待ち下さい」と言った。
私達は、お互い顔を見合わせながら、「審査?」と思った。
言われた通りに、イスに座りながら、「審査で受理しかねますので・・・」とかって事もあるのかなあ、なんて言いながら。

まあ、それはないにしても、審査の結果、私の方が「3月にアメリカで離婚裁判が確定されているみたいですが、
日本に提出されたのは、10月ですよね〜?」とか、絶対何か一言言われるだろうなあって思ってたんだけど、
その件に関しては何も言われる事なく、あっさり、「ハイ。結構デス。オメデトウゴザイマス」と再度言われた。
そして、私の国民年金のステータスを1号から3号(サラリーマンの妻)に変えるべき、手続きの書類を渡された。

それから私は国民年金について質問があったので、国民年金課に行った。
というのは、9月に私は「転入届」を出したんだけど、口座からは10月5日に引き落としがあったので、
今の市役所に、10月分まで前の市で払ってきたと言ったのだ。
でも、実は10月5日に引き落とされたのは、実は9月分だったという事が最近判明した。
だから、10月分は払ってなかったんだけど、10月分を支払う期限は10月いっぱいだったのだ。
だから、どうしたらいいかなあ、ペナルティーとかやっぱり払わされるのかなあ、と思いつつ、年金課を訪ねたのだ。

私の心配はよそに、担当の男の人は、「大丈夫ですよ。新しい納付書を作り直しますので、
座ってお待ちください」と言われた。私はエイジとおしゃべりしながら待っていると、
「M(エイジの名字)さん」と呼ばれた。エイジに、「呼ばれたんじゃないの?」と言われてやっと気づいたが、
どうしてこの人は私の名前が変わったという事を知っていたのだろう。
私の納付書はまだ旧姓になっていたし、婚姻届を出したなんて一言も言っていない。
さっき下で婚姻届を出してきたばっかりなのに。ただ、10月分をどうしたらいいのか?と聞いただけだ。

何気に、男の人に聞いてみたら、「今日婚姻届出されましたよね?住民票の方が変わると、
こっちの方も自動的に変わるようになってるんですよ」と、得意げに、市役所のITぶりを披露した。
年金課でも「オメデトウゴザイマス」と言われた。周りにも聞こえていたようなので恥ずかしかった。

「Mさん」かあ。そうだ。今日から私の名前は変わったんだ。

「ついにメオト(夫婦)になったねえ」なんて言いながら、私達は市役所を後にした。
それから、エイジは会社に戻り、私は明日の成田行きのバスのチケットを購入した後、
デパートでティファニーにおみやげのドラえもんグッズを購入してから帰宅した。

エイジは市役所で貰った書類を早速会社に持って行き、会社に記入して貰わないといけない部分を頼んだ。
そしたら、記入してもらうために、こっちが申請用紙に記入して提出しなくちゃいけなかったらしい。
とにかく、婚姻届を提出するのの10倍は大変だったと、エイジは言ってた。
扶養家族として、健康保険に入ったりとか、色々手続きが・・・。
最終職歴を書かないといけないらしかったが、私の場合はアメリカなので、その証拠書類も提出する事ができないため、
「口実書」という、なんとも響きの悪い書類とかも提出しないといけなかったらしい。

今日から私の名前は変わった。
本籍地もエイジと同じになった。
生活が変わったという訳ではない。実感があるわけでもないし。

でも、やっぱり・・・。
ちょっと精神的に違うかな?年金課では「ご主人ですね?」と言われていたエイジ。
市役所的には、私達の関係は、「世帯主」と「扶養家族」になってしまった。
もう「内縁の妻」状態ではない。晴れて正式に「妻」となったのだ。

エイジの名字+カエという名前も、今ではまだ取ってつけたような感じに思える。
使っていくうちに、馴染んで慣れて行くのだろうか。
まあ、前の英語名の名字+カエという名前に比べたら、全然自然なんだけどね(泣笑)

とにかく。今日の日に思った事をちゃんと覚えておこうと思ってる。
これからまたケンカをしたりする事もあると思うけど。
ティファニーがそばにいない事が寂しいけど。
今更籍を入れてもなんにも変わんないって思った時もあったけど。

嬉しいけど、複雑。複雑だけどやっぱり嬉しい・・・かな。

(追記)
明日からアメリカに出発デス。
今月いっぱいはアメリカにいる予定なので、日本に帰ってくるのは来月の頭になります。
ちょくちょく更新する予定なので、ちょくちょく覗いてやってくださいね。

 

11月8日(水)

実は先週決めたんだけど、今週土曜日からアメリカに行く。
本当に忙しくてバタバタしているのだけど。
私は9月に日本に帰国した時、日本滞在は1月までの予定で、1月からはアメリカに戻り、
エイジが日本で2年間働いて戻って来るまで、遠距離をしようと思っていた。
アメリカで彼が戻って来るのを待とうと思っていた。
だから、オレゴンのアパートも借りたままにして帰ってきていた。

でも、やっと彼と一緒に日本に2年間暮らす決意ができたと思う。
オレゴンに残る事で頻繁にティファニーに会えるならまだしも、それもできない。
2重生活は金銭的にも苦しいので、私が働く事は必須だ。
だとしたら、長期の休みだってそんなに取れる訳ではないし、そうなったら、ますますボストンには行けない。
エイジともティファニーとも離れて暮らす意味は果たしてあるんだろうか、と考えた。
エイジとは私が日本にいる事さえ、決意すれば、離れて過ごさなくてもいい。
私はやっぱり彼と2年間日本にいる事にした。

だから、オレゴンのアパートを引き払いに行くのだ。
エイジも一緒に行く。1週間ほど。ちょっとしたアメリカでの旅行も兼ねて。
そして、その後私はボストンに行ってティファニーに会って来るつもり。
6月の終わり以来、4ヶ月ぶりに、2週間ほど。

そして、今週、ついに籍を入れようと思う。
数週間前から婚姻届の用紙は貰ってきて、エイジの両親にサインまでして貰っていたんだけど、
まだ提出してなかった。というか、うちらのところは全然記入すらまだしてなかった。
どうやら、明日の9日は大安らしいので、市役所に行ってこようかと思ってたけど、
ワイドショーを見てると、あの郷ひろみも、「9日大安入籍」と言っているではないか。
うぅ。なんか同じっつーのも、寒い話だな。

それに、9日が大安っていうのは今年だけかもしれないけど、
2人の「結婚記念日」となる、大切な日なので、9日よりも10日の方が覚えやすいかな、とも思ったので、
金曜日の10日に籍を入れる事にした。なもんで、今日改めてちゃんと記入した。
エイジのところは、「未婚」。私のところは、「再婚」そしてその日にちを記入。

嬉しいけど、複雑。それが正直な思い。

 

11月5日(日)

おばあちゃんが、「トントントン」と台所で朝ご飯を準備する音で私達は目が覚めた。
目が覚めたけど、時計を見るとまだまだ早かったので、私達は2度寝する事にした。
扉を見てみると、昨日は開けっ放しだったのに、閉まっている。
きっと、おばあちゃんが朝うるさくて起こしてしまったら、と思い閉めたんだろう。
と言う事は、腕枕を見られた?

「俺が朝気づいた時にはもうすでに扉は閉まってたよ」
「でもさ、私夜中にやめたような気がするんだよね」
「それって何時?」
「わかんない。6時前かもしれない」
「俺が起きたのもそのくらいかもしれないけど、その時にはすでに扉は閉まってたよ」
「でもさ、さっき2人で目が覚めた時にはさ、もうしてなかったじゃん?」

と、私達は腕枕の現場をおばあちゃんに見られたのではないかと、朝から布団に座ってひそひそと話していたんだけど、
「ま、いいんじゃん?」と言う事でおさまった。見られたとしたら仕方ないし、別にいいかな、ってね。

起きてみると、朝からこんなに食べられないよ、というくらいのおかずが並んでいた。
しかもおばあちゃんは、「新幹線の中で食べるために」と、お弁当を作ってくれていた。
「こんなお弁当新幹線の中で食べるの恥ずかしい?」と聞かれたので、「ううん。全然。助かった。ありがとう」と言った。
結婚のお祝いと言う事で、お金も貰った。年金生活のおばあちゃんから、こんな大金を貰う事は、
心苦しいけど、それでもありがとうと言って受け取った。

おばあちゃんは、「もっと長い休みの時にでもまた遊びに来て下さい」とエイジに言い、
私達は電車の時間があったので、おばあちゃんちを後にする事にした。
電車が来るまで少し時間があったので、駅から見える上の道を昔おじいちゃんが生きていた頃、
おじいちゃんの「スーパーかぶ」の後ろに乗せてもらって、よく走ったものだ、という話をエイジにした。

この田舎にエイジが来る事になるなんてなあ。
おばあちゃんちには毎年夏休みと冬休みの年に2回は来ていた。
帰る時にはいつもおばあちゃんのお弁当を食べながら、「帰りたくない」と泣いたものだった。
この田舎、いつかティファニーも連れて来たいと思う。日本の田舎を見せたいと思う。

帰りは私達は京都駅から新幹線に乗った。
京都発12時20分くらいで、東京駅に着くと3時だった。家に帰ると4時前だった。
私達は、おばあちゃんちで朝ご飯をバクバクと食べたので、新幹線の中ではお腹が空かずに、
家に帰ってから、狂ったように、おばあちゃんのお弁当を2人で食べた。

あっという間の3日間だった。
特に何が変わったという訳ではなくて、今日からまた2人の生活に戻るだけなんだけど、
それでも私が子供の頃の思い出とか物とか場所を彼と共有する事で、更にエイジとの距離も近くなった感じがした。

今までは、私の中だけに描かれていた「おばあちゃんち」も、実物を見たエイジも今は同じ物を描く事ができる。
エイジが、「実家の犬が」と話せば、私も同じ犬を頭に描く事ができる。
私が、「うちのピアノを買って貰った時にね・・・」と話せば、エイジも「ああ、あのピアノか」と同じ物を想像できるだろう。

今はその事がとても嬉しい。
お互いがお互いの存在を知らなかった時間のギャップを少し埋められるような気がするから。

 

11月4日(土)

うちの両親が寝てからも、仕事の続きをしていたエイジ。
私まで先に寝るのはかわいそうだったので、一緒に起きて、私は持ってきたポスペのCDを、
うちの親のPCにインストールしていた。これで、ペット交換できるもんね。うふ☆
エイジのニューPCにもポスペのインストールを勧めたんだけど、断られた。
どうせ、ペット交換する人もzいないし、仕事用のPCと割り切っているらしい。ふん。

夜遅くまで仕事をしていたエイジは、起きてきたのは10時前だった。
途中で起こそうかと思ったんだけど、母親が「疲れてるんだから寝かせてあげなさい」と言うからだ。
10時頃にいくらなんでも・・・と、寝室に私が入って行くと、その物音でエイジはやっと目が覚めたようだった。
今は10時前だと言うと、青ざめていたが。

エイジが起きたという事で、私達は待っていた朝ごはんを食べた。
それから12月にはうちの両親に来てもらって、エイジの両親と会う場を設けたいと思っているから、
是非来てくれ、という事をエイジは話していた。うちの両親もエイジの両親と会う事を楽しみにしているとの事だった。

今日はこれから京都(おばあちゃんち)への移動だ。
ゆっくりしている時間はないので、私達は実家を後にした。お昼の12時頃だったかな。
おばあちゃんちに向かう途中で、宝塚駅で降り、周辺を少しだけ観光していたが、それはそれはものすごかった。
宝塚って出演している人が全員女なんだけど、ファンも女ばっかりなんだね。
本屋があったから、入ってみたら、それは普通の本屋ではなくて、宝塚の雑誌とかばっかりが置いてある本屋だった。
時間があれば、ショーでも見ていこうかなんて言ってたんだけど、どうやら私達は甘かったらしく、
当日券なんかあるはずもなく、かなり先まで売り切れ状態だった。しかしあのメークはすごいね。

おばあちゃんちは日本海にほど近い京都府にある。かなりの田舎だ。
私達は、各駅を数回乗り継いでやっとおばあちゃんちに着いた時には夜の7時を過ぎてあたりは真っ暗だった。
おばあちゃんちを訪れたのは何年ぶりくらいになるだろう。
おじいちゃんのお葬式に来たのが最後だったとしたら、10年以上くらい前になる。
私が子供の時から何も変わっていない風景、相変わらず田んぼと山に囲まれた風景に、私はなんだかほっとした。
私が夏休みになると、毎年遊びに来ていたこの町に、エイジを連れてこれた事をとても嬉しく思った。
そして実家だけならまだしも、私のおばあちゃんちにまで嫌な顔なんか1つもせず、
一緒に足を運んでくれた、エイジにも感謝をしたし。

おばあちゃんはとってもとっても喜んでいた。
おじいちゃんが亡くなって以来、一人暮らしのおばあちゃんには来客、しかも孫である私が来る事は、
とても嬉しいみたいだった。おばあちゃんちに着くと、テーブルのイスの所にお人形が置いてあった・・・。
最初はびっくりして、どうして人形なんかここに置いているのかと思って聞いてみると、
「なんか一人やから寂しくてなあ」とおばあちゃんは言っていた。

「豪華なもんは作れませんけど・・・」と言いつつ、用意してくれた夜ごはんはそれはそれは豪華だった。

おばあちゃんが寝た後、やっぱりエイジはパソコンを取り出して仕事をしていた。
私はおばあちゃんちにあった本を熟読していた。
そろそろ寝よっか、と言って布団に入った時、時間は1時半を過ぎていた。
腕枕をしようとエイジが腕を伸ばしてきたんだけど、私は「扉が開いたままになってるんだから、
明日の朝おばあちゃんが起きて来たら、バレバレだよ」と言いつつも、「ま、ちょっとだけね」と、
頭を乗せたその瞬間から、私は爆睡していた。

 

11月3日(金)

今日は文化の日と言う事で今週は3連休。
日記はしばらく書いてなかったんだけど、実は今週に急に決めて、うちの実家に結婚前の挨拶に行く事になった。
このマンションに引っ越して来た時は、1ヶ月以内に結婚するという事で妻帯者用のマンションに住んでいるのだ。
だから、なるべく早く会社にも、婚姻届を出したという事を報告しなくちゃいけないだろうと思っていたんだけど、
幸いにも、その事についてはまだエイジは会社で言われないらしいので、
だったら、やっぱり籍を入れる前にきちんと挨拶を・・・とエイジは思ったらしく、
籍を入れる前にうちの実家に行く事にしたのだ。

不運にもエイジは昨日かなり忙しかったようで、実家に持って行くおみやげを買いに行こうと話してたんだけど、
どうやらデパートが閉まる前までに帰れそうになかったので、おみやげは当日東京駅で買う事にした。
東京から新大阪までは新幹線で行ったんだけど、約3時間かかった。
エイジは週末にやらなきゃいけない仕事が残っていたので、この前購入したばかりのノートパソコンを持参し、
新幹線の中では、パソコンを広げ、エセビジネスマン(失礼)と化していた(だってジーパンなんだもん)。
私はと言えば、例により夜中にパッキングを繰り広げていたので、ほとんど睡眠を取ってなかったので、
新幹線の中で、爆睡していた。

景色を楽しんでいる間もなく、私が起きたのは名古屋を過ぎ、京都に着く少し前だった。
静岡くらいまでは記憶があったのだが、随分長い間寝ていたらしい。
エイジはおかげで仕事がはかどったとほざいていたが・・・。

新大阪の駅に着いてからは、JRで大阪駅まで移動し、梅田でエイジとお茶を飲んだ。
連休と言う事もあり、東京駅にしても大阪駅にしても、新幹線の車内にしても、普段異常の人で疲れた。
「だんだん緊張してきた」というエイジをほぐすためにも、私たちはお茶を飲みながらバカな話をしていた。
男の人にしてみたら、一生に1度(hopefully)の結婚の挨拶だもんね。そりゃ、緊張するわな。しないでか。
エイジは、「どんな感じになるのか想像がつかない」と言ってた。

うちの実家の駅は阪急沿線なので、JRから阪急に移動して、電車に乗り込んだ。
だんだん、うちの駅が近づいてきて、私も少しドキドキするようになった。
エイジのことはもう話してあるし、実際うちの母親は去年名古屋で、エイジに会っている。
それでも父親と会わせるのは初めてだし、間に入った私だってやっぱり緊張する。

チャイムを押すと、「はーい」という聞きなれた母の声がした。
隣りのエイジを見ると、硬直していた。顔は薄ら笑いだったけどね。ひきつっていた。
「どうぞどうぞ。あがってください」と母。父親もいる。

挨拶を済ませ、鍋を食べた。カニ鍋だった。
お赤飯やお寿司、鯛の尾頭付きまであって、うちの親は奮発していたようだった。
エイジと私は梅田でお茶をした際に、パンも食べていたので、それほどお腹はすいてなかったはずなのに、
エイジは「見てたらお腹が空いてきた」と言い、私も気づいたら、バクバクと食べていた。
たくさんお話した。たくさん笑った。私達はとても楽しい時間を過ごした。

私の部屋にはピアノがまだ置いてあり、エイジが弾いてみてと言うので、もはや軽やかに動かない指で、
子供時代のピアノの本を出して来て、弾いてみせた。なつかしいものを取り出してはエイジに色々説明した。
ケンダマが出てきたので、やってみせた。私は1回も上の尖った所に玉を入れる事はできなかったんだけど、
エイジにコツを教えてもらったら、一発でできた。ルービックキューブが出てきた。
「できたよ」とエイジに見せたら、「なんだ1面だけじゃん」と言われた。
そりゃ、そうだ。私は1面しか元々できなかったんだから。

とっても楽しい時間だった。
私は彼と一緒に住み始めて1年3ヶ月くらいになるけど、私が子供の頃にしていた事や物などを、
彼と共有する事によって、時間の距離が縮まったような気がした・・・。

元々お酒に弱い父は、ビールを飲み、エイジがお風呂に入る頃にはすっかり寝てしまって、恥ずかしかった。