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★この日記をマイ日記猿人に登録する★ 

9月30日(土)#2

私が今回日本に帰って来て一番のカルチャーショックというかなんというか、びっくりした物の1つに、
「新聞勧誘」というのがある。うちのマンションが新築で30日にいっせいに入居という事も、
新聞会社にしてみたら、かなりの鴨だったのかもしれないけど、とにかくすごかった。
引越し会社の人達が帰ったすぐ数分後、すぐにチャイムがなるので、引越し会社の人が、
何か用事なのかと思って、開けてみると、「ワタクシ朝日新聞の者ですが・・・」と言う。オッサンだ。

私がエイジと一緒に住むために、オレゴンに行ってすぐに気づいた物は、エイジのアパートには、
異常に日本の洗剤がたくさんあったという事だった。山積みになって、日本の洗剤があるのだ。
「これ全部買って日本から持って来たの?」という私に、「いや、新聞の勧誘の人にもらった」と言うエイジ。

なんでも、新聞の契約は一番短くて半年だそうで、エイジは半年ごとに新聞の契約をしていたという。
同じ新聞でも違う新聞でも。そうすると、半年ごとに、各新聞会社は、こぞって「次はうちに!」と、
合戦と繰り返し、色んな物を置いていくのだそうだ。なるほど、うちにあった、味の素商品の山も、それか。
半年経って契約が切れる頃になると、「○○さん(エイジの名字)、次はうちの番ですよね?」と、
新聞屋がこぞって、品物を持って現れるのだそうだ。恥ずかしいな。つか、オバサンみたいな奴だな>エイジ

ま、いずれにしても新聞は欲しいと思っていたので、この1番に来た朝日のオジサンと契約することにした。
期間は当然半年。洗剤5箱と、ビール券5枚くらいと、タオル2枚を貰ったのかな。うん。
ビールはあんまり飲まないから、ビール券はいらないって言ったんだけど、
「コンビニだと、ビールじゃなくても、ジュースとかチョコとか何でも買えるから!」という、
オジサンの言葉に私達は貰う事にした。

それから、私達は布団その他必要な物を揃えるために、でかけたんだけど、夜の7時半くらいに帰って来た。
でも買いすぎで、1回には持ち運べず、一旦、持てるだけ荷物を部屋に持って上がり、
2回目に車に戻り、また部屋に戻って来ると、うちらの部屋のドアの前に誰かが立っていた。

「誰だ?アレ」と思い、私とエイジは近づいて行くと、ちょっと怖い感じのそのオッサンは、
見た目とは正反対の丁重な感じで、「どうも。読売新聞です」と言い、頭を下げた。

オッサン「今朝は朝日さんにやられまして・・・」
私   「あの、もう、うち朝日新聞と契約したので・・・」
オッサン「ハイ。実は朝日さんが○○さん(エイジの名字)のところは、朝日と半年しか契約されなかったから、
     もしかしたら読売の方が好きなのかもしれないから、行ってみたら?と言われまして・・・」
私   「いや、別にそういう訳では」
オッサン「半年間朝日さんとの契約の後は是非うちとお願いします・・・(と言いつつ契約書に記入しようとしてる)」
エイジ 「いや、今日はもう結構ですから」
オッサン「いや、正直な話ね、朝日さんから何もらいました?うちはそれ以上出しますから」

もー、とにかく、しつこいしつこい!玄関前で立ち話をしていたんだけど、
今日は引越しに買い物と1日中忙しかった私達はかなり疲れていて1秒でも早く部屋に入りたかったので、
結局来年の3月からの半年間、読売と契約してしまった。うーん、いいんだろうか。
PUSHすればイケル人達って、新聞勧誘の人達のメモ帳に書かれてたりして・・・。
ガンバレ、NOと言える日本by石原

別にさ、私にしてみれば、朝日でも読売でもいいんだけど、なんか、彼らのしつこさに閉口って感じで。
アメリカにいた時に出会った新聞の勧誘はなんと、子供達だったなあ。
小学生高学年くらいの少年がドアを叩いて来る事が多かった。
プラス購読料の何割かは、貧しくて大学に行けない子供達の奨学金になるとかで。
子供だから、きつくも断れないし、なかなかやるなあ、なんて思ってたけど、
日本の手口(?)なんてそんなもんじゃない。とにかくライバル意識が強すぎ。

でもさ、私達が帰って来ると同時にうちに来たって事はやっぱりずっと見張ってたのかなあ。
それを思うとちょっと怖い。

☆空メールや一言メール送ってね☆


 

9月30日(土)#1

日本に来る前には、あんなに1日に何回も日記を執筆(?)していたにもかかわらず、
ホテル住まいのせいで、ネット生活がままならなくて、日記を書いていない間に、
「日記を書く」という私の毎日の生活の一部だった事が、すっかり「生活の一部」ではなくなってしまった。
エイジと日本での生活において、うまく行ってないんじゃないか、と心配してくださった方もいたんだけど、
そういう事ではないのでご心配なく。

さて、今日はやっとマンションに引っ越して来ました。
ガス屋さんが午前中に来るということだったので、朝の8時半にはホテルをチェックアウトして。
9日間の宿泊代金は10万を超えていました・・・。うーむ。
エイジ1人分だけは会社が出してくれて、二人分との差額を自分達で払うということだったんだけど、
とりあえずは、自分達で払って後で、会社が払い戻してくれるという事なので、
そのお金はうちらの口座から・・・。ま、私が実家に(関西)帰ってるという案もあったけど、
一緒にいれたしね。そう考えれば、仕方ないのか。新幹線代だってあるし。エイジの分は返ってくるしね。

ガス屋さんが来て帰ったと思ったら、速攻で引越し屋さんが来た。
アメリカから航空便で送った物と、エイジが2年間日本の倉庫に保管しておいた物の両方が一気に届けられた。
JimとJasonが引越し荷物を詰めてくれた事を思い出しつつ、航空便が全て届いているか、確認。
それから、私とは初対面になる、2年間倉庫で眠っていた、エイジのその他のグッズ達と対面した。

エイジがアメリカには持って行かずに、日本の倉庫で保管していた物には、テレビ、ビデオ、洗濯機、オーブントースターの
電化製品系と、タイヤのチェーンから、食器棚、着ない服(捨てろよ)、その他ガラクタ(はっきり言って)が出てきた。
あ、あとは、2年間倉庫で眠っていた布団達もあったかな。あと、こたつとかこたつ布団とか。

とりあえず、テレビをつなげてみると、ちゃんと映ったので、安心。
それにしてもここで、身の毛もよだつような事実発生。
な、な、な、なんと、エイジのオーブントースターの中に、餅が入っていたのだ(号泣)
この餅は2年間もこのトースターの中に入っていた計算になる。
でも、腐っているだろうと思ったんだけど、実は全然腐ってなかった。なんでだろ。
なんかカチカチになっていただけだった。よっぽど、キレイな餅(?)だったのか。
ま、これの清掃はエイジにやってもらったけどね(当然)

私達は2年間も倉庫で眠っていた布団で寝るのはイヤだという同一意見だったため、
布団を買いに出かけた。ベッドを買おうかと思ったんだけど、2年後にはまたアメリカに帰るから、
できるだけ、身軽に行きたいということで、布団で寝る事にした。
子供の頃からベッドだった私は、布団で寝たのなんてホント久しぶりなんだけど、
ちょっと固いけど、まあ、いいんじゃないの?お天気のいい日には外に干して、ふかふかになった布団で寝るのも、
気持ちよさそうだしね。

と、まあ、こんな感じで私達の愛の巣、巣OFラヴでの生活はスタートしていきました。
1つの部屋が丸々物置状態になってしまっているのは、しょうがないよね?〜カエ〜

 

9月24日(日)

えー、久しぶりの更新になっています。
一体これだけ更新しないで、今だに日記を見てくれている人はいるんでしょうか。
実は、私があんまり更新できないってのにも理由があって、実はまだホテルにいるんだけど、
ホテルの部屋からネットに接続できないのデス・・・(泣)
外線発信番号の0を入れろとフロントにかけたら言われたんだけど、設定をそういうふうにしても、
やっぱり「ダイアル音が検出されません」と言われる。

だから、いちいち下の公衆電話にまでノートパソコンを持ってネットにつなげに行かなくちゃいけないのだ。
いくらノート言えども、パソコン持ってエレベーターに乗って下に下りる・・・ってのは面倒くさい。
というわけで、アパートに引越しするのが30日なんだけど、ちゃんと引越し完了するまでは、
なかなか更新率悪いかもしれません。

携帯があればねー。携帯につなげて・・・ってことができるんだろうけど、
実は携帯、週末に見に行ったんですけどね。買う気満々で見に行ったんだけど、
どうやら、住所を証明するものが必要らしくて・・・。うちらはまだ転入届を提出してないので、
2人とも「住所不定」状態。だから、ちゃんと市役所に行って住民票とかを提出するまでは携帯すら持てないらしい。

今日は車屋に行って来た。
勿論中古だったけど、車を買いました。2年しか乗らないんだから、どんなのでもいっかって言ってたんだけど、
いざ、買うとなったら、色々欲もでてきて・・・。でもまあまあいい車。2人ともなかなか気に入りました。

それから、今日、ワタクシついに、日本の高速を運転しましたわよ!あはは。
なんか左ハンドルに慣れていたせいか、どうしても、車が左より左よりになってしまう。
高速料金を払うところでも、ちょっとおっさんから遠く離れてしまった。ま、なんとか届いたが。
最初はオソルオソル運転していたんだけど、慣れてくると、12、30kmくらいは出して、
遅い車とか抜かしてましたからねー。うーん。いやでもやっぱり怖いけど。

電器屋にも行って、色々照明器具から炊飯ジャーから色々買わなくちゃいけないものがたくさんで。
まだまだ買わなくちゃいけないものも残っていて、今週、エイジが特休を申請して、
買い物とかまだまだするつもりです。それから市役所とかも行かなくちゃね。

私は昼間は暇をしていて、千葉テレビというめっちゃローカルなチャンネルでやっている、
「なのはな体操」という体操を一緒にホテルの部屋でやっている始末・・・。
外出したくない日もあるんだけど、メイドが来るから、部屋の掃除をしてもらっている間、
廊下に突っ立ってるって訳にも行かず、仕方なく毎日外出しています。

オリンピックも見たりしてる・・・。
あーあ、早くアパートに引っ越したいなあ。ホテルはなんとなく落ち着かない。
それでは、またね。

 

 9月20日(水)#2

10分経ったところで、私はスーツケースをゴロゴロ押しながら、公衆電話を探す事にした。
エイジの会社に電話をかけると、留守電になっていたので、もうきっとこっちに向かってくれているんだろう、と思いつつ、
とりあえず、留守電を入れた。

更に20分が経過。まだエイジは来ない。ふぅ、合計30分も経ってしまったよ・・・。
ちゃんと迎えに行くよって、アメリカを出る前も、成田から電話した時にも言ってたのに、来ないじゃん・・・。
なんだかすごい孤独になってしまった。私はアメリカに戻りたいと思った。
こういうふうになるのがイヤだから、「ちゃんと来てね・・・」って念を押したのに。なんか涙すら出てきそうになった。
日本なんか来るんじゃなかった。エイジと離れても、ティファニーのいるアメリカに残ってればよかった。
最初からこんな調子では、日本滞在も思いやられる。正直アメリカに戻りたくて仕方なかった。
日本になんか来るんじゃなかった、と思った・・・。

最初に電話を入れてから、更に20分が経ったので、私はまたスーツケース2つを両手でゴロゴロと押して、
公衆電話のあるところに向かった。この時エイジに似たような人が見えたような気がしたので、少し見ていたんだけど、
こっちに来る様子もなかったので、「やっぱり違った」と思い、私は公衆電話のあるビルの中へと入って行った。
スーツケース2個を押している人がいたら、絶対私ってわかるはずだし。

やっぱりまた留守電・・・。一体どうなっているんだろう。仕事で緊急事態が発生してこっちに来れないんだろうか。
それともこっちに向かっている途中で何かあったんだろうか。とにかく不安で不安で仕方なかった。
2回目の留守電は、「ちゃんと来てくれるって言ってたじゃん・・・」とだけ言って切った。

2回目の留守電から10分くらい経ったかなあ。
私は座りつつも、顔を下げてうなだれていた。このまま来なかったら私はどうすればいいんだろう。
すると、クラクションの音がした。運転席が右側だから運転手の顔まではよく見えなかったけど、
どうやらそれはエイジだった・・・。私は怒っていた。だって最初に私がここに到着してから45分以上経っていたから。
11日ぶりに会えた感動とかそんなもんは全然なくて、とにかく怒っていた。

エイジは私のスーツケースをトランクに入れながら、「ずっとここにいなかっただろ?」と言った。
私は、「いたに決まってるじゃん・・・。2回も会社に電話したよ」と言った。

「でも俺10分前くらいに1回来た時には、ここに誰もいなくて、もしかしてホテルに先にタクシーで1人で行ったのかな、
 と思って、今ホテルに行って来たんだよ。そしたらまだチェックインしてないって言われたから慌ててまたここに戻って来た」
「10分前?あまりにも来ないから電話をかけに行ってたかもしれない。でもバスが着くのは6時だって言ってたじゃん。
 だから6時に来て待っててくれるって言ってたじゃん」
「6時に行くとは言ってないじゃん。時間が時間だから渋滞とかして時間通りに着かないかもしれないから、
 ギリギリまで仕事してたいから、バスセンターに着いたら電話くれたらすぐに行くって事だったじゃん。
 だから俺は6時頃ちょっと席を外してたんだけど、カエから留守電が入っててすぐにこっちに来たよ。20分かかったけど。」

あ、そうだっけ。そう言えばバスセンターから私がまた電話したらエイジがこっちに来るって事だったんだっけ。
でも成田から電話した時に、私は、「バスは6時に着くからちゃんと来ててねって言ったら、
ちゃんと行くよって言ってたくせに」と言うと、「だから6時に着いたら電話くれたらそれから速攻でちゃんと行くよって、
ことだっただろ?」とエイジ。時間が時間だけに渋滞してて時間通りつかないかもしれないから、
着いてからエイジが会社を出るって事だったんだっけ?

どうやら2回目の電話をかけに行く時に、私が「エイジらしい人」を見かけたのは、やっぱりエイジだったらしい。
でもなあ、スーツケース持ってる人がいたんだから、すぐに気づけよって感じだけど。

今日は私の誕生日。お互い勘違いがあったにしろ、せっかく会えたことだし、まあ、機嫌を直す事にした。
ホテルは建ってまだ1年経ってないホテルらしくて、かなりキレイなところだった。
私が1回スーツケースを部屋に置いた後、夜ごはんを食べに行って、
誕生日ということでケーキを買って帰ってホテルの部屋に戻り、お祝いをして食べた。

私の日本での生活が始まった。

 

 9月20日(水)#1

成田空港に到着した。
着陸寸前に、利根川が見えてきていて、日本の大陸(?)が見えてきて、ちょっと興奮した私だったけど。
1年ぶりの日本だもんなあ。しかも今回は長期滞在ということだし。

到着してからは、例の飛行機の中の人と入国手続きやスーツケースのところまで一緒に行っていたのだけど、
私のスーツケース2個が2つとも先に出てきてしまったので、私はバスの時間もあったし、
その人にお礼を言って、私は後にした。

バスの時間が迫っていて、私はあんまり時間がなかったんだけど、成田に着いたら電話をかけるように、
エイジに言われていたので、私は彼の会社に電話をかけた。
エイジは周りに人がいたからなのか、よくわかんないけど、興奮した様子もなく、
「着いた?うんうん、分かった」と言った感じだった。

私は、行った事のない土地なので、ちゃんとバスターミナルに来て待っててくれるように念を押した。
実はここで誤解があったのだけど・・・。エイジも「ちゃんと行くよ」って言ってたし。
その後私は少しまだ時間があったので、せっかくテレフォンカードを送ってくれたお母さんにも電話をかけた。

バスに乗り込むと、後ろにはアメリカ人3人が座っていた。
バスが発車すると同時に、私が初めてアメリカに来た時に、日本の会社の看板を見かけるたびに、
興奮していたように、アメリカの会社のサインを見るたびに、彼らもかなり興奮しているようだったので、おかしかった。

「見て!マクドナルドだって!」と1人が言えば、「そんな事言ったらあっちにセブンイレブンがあるよ!」ともう1人が言い、
「あそこにはモービル(ガソリンスタンド)がある!」とか、極東日本まで来て、祖国アメリカの会社のお店を、
見かけるたびに、彼らはかなり興奮しているらしかった。日本は混み合っていると聞いていたけど、
緑が多いと、ずっとその中の一人の女の人が言っていた。確かに成田のあたりは、緑が多かったしね。

途中で、バスの到着時間について、彼らは2時間も誤解をしているが分かったので、
私は思いきって斜め後ろを振り返り、バスが到着するのは6時だよ、と言ってみた。
そうすると、「そうなんだ!どうもありがとう」と言ってきた後に、私は英語がしゃべれるようだけど、
日本出身じゃないのか?と聞かれたので、日本出身だけど、大学からボストンにずっといたから・・・と私が言うと、
なんと!彼らもボストンから来たという!!!もう、びっくり。世界って意外に狭いもんなんだな。

しかもその中の一人とはうちの最寄の電車の駅まで一緒で、私が前に住んでいたアパートの事も知ってた。
彼らは、タケダ製薬に勤めていて、仕事で日本に初めて来て、今回は8日間する予定だと言う。
しかも、なんと私と滞在のホテルまで一緒だったのだ!すっげー偶然。向こうもびっくりしていた。

ボストンの話や日本の話に花を咲かせていると、あっという間に目的地に到着してしまった。
私はエイジはすでに来ていると思っていたんだけど、どうやらまだのようだった・・・。
ホテルのほとんどまん前までバスが到着したので、一緒に歩いて行こうと言われたんだけど、
私はボーイフレンドが迎えに来るはずだから、電話しなくちゃと言って、そこで彼らと別れた。

10分くらい待っていたんだけど、エイジは来ない。
ここは日本と言えども、私にとっては初めて来る土地。
絶対ちゃんと行くって言ってたのに・・・。
私はスーツケース2つ抱えているので、あんまり動けない。
サラリーマンの人達や制服の学生が忙しく行き交うのをぼーと眺めながら、私はだんだん不安になっていった。

 

9月19日(火)#2

ポートランドからシアトルに着いて、東京行きの便のゲートに行くと、すでに日本人が溢れていた。
なんだかすでに日本に着いたような感覚になる感じ。
時間が来て飛行機に乗りこむと、私の座席はどうやら最後列という事が判明(泣)
しかもトイレの真横・・・。ま、いいんだけどさ。
そして、私の隣には、夫婦で席が前後で離れた人に席を代わってあげた日本人の男の人が座る事になった。
私よりちょっと年上くらいの人かな?よくわかんない、同じくらいかもしれない。年まで聞かなかったから。

この人は長野県の人で、建築関係のお仕事をしているらしくて、今回アメリカに建築の事を勉強しよう、
みたいな感じで数週間ほど来ていたらしい。3年ほど前にも3ヶ月ほど、ポートランドで、建築の勉強をしていて、
ポートランドは本当に好きな街だ、みたいな事を話していた。

私が日本では運転した事がないんだけど、今回国際免許を取ってきたので、日本で運転するつもりであること、
その他アメリカの話などを色々していて、10時間の長旅も結構早く過ぎたかな。
あ、勿論ちゃんと何時間かは寝たんだけどね。

飛行機が日本に着く数時間前になって、その人は自分の名刺に携帯の電話番号を書いて私に渡してきた。
そして、彼は自分はほとんどメールもしなくて、自分のメールアドレスも覚えてないくらいなんだけど、
一応パソコンは持っているからと、私のメールアドレスも聞いてきた。

私は、教えるべきなのかちょっと迷ったが、アメリカと日本で離れていても、最近はメールがあるから、
日本の友達と密に取れる・・・みたいな話をしていたから、アドレスがないというウソもつけないし、
かといって、変に意識して、メルアドを教えない、というのも、「なんだよ、コイツ。オマエなんかにそういう興味は、
ないつーの」と思われるのもなんか嫌なので、教えた。

エイジに対しては、ちょっと申し訳ないような気がしないでもなかったけど、
あんなふうに飛行機の中でおしゃべりをしていたので、その挙句、「いや、教えたくない」というのは、
なんだか言えなかったのだ。分かってくれるかなあ。分かってくれるよね?

 

9月19日(火)#1

カエ@ジャパン。
そうです。これを書いているということは、私は無事に日本に帰国しました。
さて、昨日の事を思い出しつつ、日記を書いてみようと思います。

いよいよ、出発。
朝の8時半出発だと言うのに、朝の4時過ぎまで会社にいるはずのエイジと連絡が取れなかったので、
不安になっていたら、どうやらエイジは午後からかなり忙しくてオフィスには全然戻って来れなかったらしい。
明日は、ちゃんとバスセンターまで迎えに来れるのー?仕事が忙しくて迎えに行けないから、タクシーでホテルに行って、
なんてイヤだよ?と念を押す。エイジは、「分かってるよ。2日続けてこんなに忙しいのが続くとも思えないし、
またもしも明日もこんな事になったら、事情を話して他の人と代わってもらうよ」と、言った。

だってー、明日は私の誕生日だからね(あえて、何回目というのは省略>意図的)。
例え、嬉しくない誕生日と言えども、せっかく日本に着いたその日に、ホテルで1人で留守番というのは寂しすぎ。
「もしも帰国日&誕生日の夜をホテルでアローンなんて事になったら、まだ結婚してないけど、
すでに、”実家に帰らせて頂きます”状態だからねー」と、脅迫した。
エイジは、「あはは。そうなんだ」と言い、「ま、大丈夫だろ」と言っていた。

例のごとくギリギリにパッキングを終え、8時半にエアポートシャトル(自宅まで迎えに来てくれるタクシーのような物)が、
迎えに来た。その運転手は、中国人で、かなり英語ができない人だった。
私は旅行に行く時には、ギリギリにパッキングをするせいか、いつも何か忘れたような感じがする。
今日も例外ではなく、車に乗りこんでからも、パスポート、チケットとか基本的な物を中心に、
かばんの中をがさがさと、確認していた。

運転手には、ただの会話のつもりで、「旅行に行く時にはいつも”何か忘れたような感じ”がするんだよね」と言ってみた。
「あはは、分かる分かる」くらいの返事を期待していたのだが、その運転手は、英語が本当にまだできないらしく、
「え?(驚愕)何か忘れたの?!今なら間に合うから戻ろうか?!」と、言ってきた。

私は、「・・・。」と思いつつ、「いやいや、忘れてはないと思うけど、忘れたような感覚になってしまうんだよね、ってこと」
と言い直したんだけど、まだ理解していただけなかったらしく、「戻って欲しいか?戻らなくてもOKか?」と、
ミラー越しに聞いてきたので、「・・・。戻らなくていいデス」と言ってみた。

そして、数分後、運転手が、「飛行機の時間は何時だっけ?」と聞いてきたので、
私は、10時という事はわかっていたが、再確認のためにかばんからチケットを取り出し、確認した後、
「10時」と答えた後、ふと、出発日を見て、19日となっていたので、運転手に、「今日は19日だよね?」と、
確認してみた。運転手は、「YES19日」と言ったので、私は、「あ、良かった。まさか出発日を間違えてたら、
大変なとこだった」と言ったら、運転手は、「Oh.OK」と笑いもせずに言ったので、嗚呼コイツはわからないんだなあ、と、
思いつつ、私の言った事を理解して欲しいっていう気持ちもどこかにあったらしく、

「だって空港に着いてチェックインをしたら、係員の人に”アラ、このチケット、出発は明日よ”なんて、
言われたら、恥ずかしいし(笑)」と、笑って言うと、運転手は、「YESYES.トゥモロー(笑)」と笑って言った。
完全な愛想笑いだったのだろう。

そのあたりで、私は彼と会話する事は不可能だなと察したので、こちらの言ってる事を理解してもらおうと思う努力もやめ、
車の中で徹夜明けの事もあり、眠くなってきたので、うつらうつらと寝る事にした。
それ以後は、寝ていたので、会話はナシ。
とりあえず、空港に着き、運転手の彼にも5ドルほどチップを渡し、チェックインカウンターへと向かった。

 

9月18日(月)

母親からのメール。

> さっきテレビで、オレゴン州・ポートランドって映ってたから、
> 何かと思い見ていると、
> 俳優の中井貴一が、ポートランドの教会で17日挙式って・・・。
> ポートランドの街が映って、在住の日本人に色々、
> インタビューしていたよ。カエが映らないかなーと見てた。

と、ありますが、私はインタビューされてないので、きっと映る事はありません。
実は今日領事館に行った時に、ダウンタウンもうろうろしていたので、「もしかしたら・・・」なんて、思ったけど、
それらしき、人達はぜーんぜんいなかったので、その可能性はゼロデス。

思えば、アメリカで「たまごっち」が初めて発売された日に、私はたまたま日本から来ていた友人達とNYにいて、
まだまだその頃は、日本でも「たまごっち」全盛期で、売りきれ続出中だったので、友達が欲しいと言うから、
NYで有名な、おもちゃ屋さん「FAOシュワルツ」に、行ったんだけど、その時は日本からたくさんテレビが取材に来てて、
「それらしい人物」(私)が、ニュースに映っていた、と、友人から聞いたっけ。

と、そんな話はおいといて、昨日の夜は、「オレゴン野郎の会」という、イタイ名前の飲み会に出かけて行ったエイジ。
「帰ったら電話する」と言っていたので、私は当然こっちの朝だし、寝てたんだけど、電話がかかってきたのは、
こっちの朝8時過ぎだった。日本の夜の12時過ぎね。

ムニャムニャと起きつつも、時計を見て、「(日本時間の)12時過ぎてるじゃん!」と思った私。
エイジも、「遅くなった遅くなった」と言ってた。さっき帰って来たばっかりらしい。
しかも、聞く所によると、今週の木曜日に今度は同期の人が開いてくれる、「歓迎会」があって、また「飲み」らしい。

木曜日って言ったら、私が日本に着いた翌日の夜じゃん?!えー、また飲みに行くのー?と、私は内心「む!」とした。
エイジは、「しょうがないんだよ。2年もアメリカにいて戻って来たばっかりだから飲み会が続くのは。
日本はそうなの。付き合いなの」と、言う。あっそうですか。

「む」としたままの私に、エイジは、「そうそう、アパートが決まってね、不動産屋からFAXが来たんだけど、
入居者の名前とか書いて、送り返さなくちゃいけなくて、もう早速送り返したんだけど、○○(エイジの名字)カエ、って、
書いておいたから。”続柄”って所には、”妻”って書いておいたよ」と言った。

○○カエに、「妻」ね。嬉しいというよりも、こっぱずかしいというか、くすぐったい感じ。
でも、さっきの「飲み」の話の事でまだ、不機嫌だった私は、「ふうん」とだけ素っ気無く言った。
そして不機嫌だった私は、更に、「”妻”じゃないのにねえ」と、言った。
言った後に、ちょっとキツ過ぎたかな、と思った私は、「まだ」と付け加え、「まだ”妻”じゃないのにねえ」と言い直した。

エイジは、「まあ、そうだけど。会社を通して探してもらってるんだし、会社はまだ結婚してないってのは知ってるから、
まあ、問題はないだろ」と言った。私は、「まだ”離婚届”すらも日本には出してないのにねえ」と更に続けた。
エイジは、「・・・。そんなイヤな言い方ばっかりすんなよ」と言った。

「イヤな言い方」もしたくなるでしょう。「妻」になろう人が、アメリカから帰国っつーのに、己は飲み会ばっかりなんだもん。
そりゃ、機嫌も損ねるだろ。仕方ないだろ。ハイハイ。付き合いなんでしょ。どうせ。とは、言えないから、私が、

「だってさ、水曜日に私が日本に着いたその翌日にまた飲みとかで遅いんでしょ?私はホテルに1人なのにさ」と言うと、
「じゃあ、来るか?一緒に」とエイジは言った。
「へ?私が行っていいの?」と言うと、
「別にいいよ。どうせ今回のは同期の奴らばっかりなんだから。じゃあ一緒に来いよ。紹介するから」と言うので、
「えー。やだよ。そんな場違いな。1人だけ。会社の集まりに」と私は言った。
「なんだよ。じゃあ文句言うなよ」

と、なって、これまた、「いやーな」空気が流れたのは言うまでもありません。
ふぅ。いや分かってるつもりではあるんだけどね。すねたくもなるじゃないですか。はぁ。

と、そんな事よりも、こっちはもうすぐ午後7時半。
明日の朝出発だと言うのに、まだ全然パッキングもしてない。それどころか、今から最後の洗濯をするところ。
ま、いつもの事だから、焦ってないんだけどね。

日本に帰国してエイジに久しぶりに会えるのは嬉しい。
でもアメリカを離れるのは、ティファニーと余計離れる事なので、かなり複雑。
ティーを最初にボストンに置いて、オレゴンに来た時くらい寂しい気持ちがあります。
うまく言えないけど、とっても複雑。エイジには会いたいけど、ここを離れたくない・・・。違う意味で寂しい。

次に日記を更新できるのはいつになるかなあ。多分次は日本から。
日本時間の水曜日の確か午後2時とか3時くらいに成田着だったはず。
日本に帰って私はしばらくは、暇は暇なんだろうけど、ホテル住まいだからネットが思うようにできるかどうか。
それでもまあ、1日1回くらいならつなげることできるんじゃないかな。
という訳なので、またちょくちょく覗いてみてください。
いい加減準備を始めます。それでは、行って来ます。〜カエ〜